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親父の家政婦だった女 第五十五話

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 そうして、俺の任務は増えていった。料理やアイロンなど、高度な技術が要求されるらしい仕事は俺には回ってこなかったが、それ以外のかなりの部分を担当して、ほとんど西岡と家事を半分ずつ分担しているのではないかと思われるほどであった。そんな具合だったので、当然、俺が学業に割ける時間は減った。いや、時間的には、たぶん、有効活用しようと思えば、家事をしながら自宅課題をこなして、頑張れたのかもしれない。しかし、次の朝早く起きて、洗濯物を干し、ゴミを出して、皿を洗わなければならないと思うと、夜遅くまで大学の課題に取り組む元気は湧いてこなかった。
 しかし、家事を面倒とは思わなかった。朝早く起きて、西岡が爽やかな笑顔で「おはようございます」と云ってくれるのが気分が好かった。凍える指先で洗濯物干しを終えて、白く結露した早朝のベランダから部屋に入ると、台所から西岡が「ありがとうございます、朝食ができていますよ」と呼ぶ。朝食の味噌汁を食卓に運ぶときの暖かさが嬉しかった。要するに俺は、作業を分担した共同生活に、温もりと安らぎを感じているらしかった。

 俺が家事の半分を分担したことで、西岡にはかなり余裕が出てきたらしい。午前中の一通りの家事を終えた後、紅茶を淹れてテーブルで一息つき、本を読む姿がよく見られるようになった。俺はと云えば、大学の一限に出る元気がなく、自主休講にして、西岡と一緒にそのテーブルで紅茶を飲んでいるのであった。朝六時に起きて、洗濯、ゴミ出し、朝食、掃除を二人で済ませた後の、のんびりとした午前十時が、たまらなく居心地が好かった。二人で向かい合って、特に何を話すわけでもなく、たまに紅茶を口に運んで、それぞれ各々の本を読んで過ごすゆったりとした時間は、しかし、不思議にも早く過ぎるのであった。

 俺は西岡に勧められて、トーマス・マンの『魔の山』を読んだ。西岡は何を読んでいるのかと聞いたら、ちらりと表紙を見せてくれた。『恋するファム・ファタール』というタイトルであった。「何だか中東のイスラム原理主義組織みたいな名前だな」と正直な感想を漏らしたら、西岡はころころと笑った。

 脳味噌がとろけるような小春日和の日差しに暖められたそのテーブルが心地よくて、俺はついつい大学を休みがちになった。一度、西岡にこう尋ねられたことがある。
「健一様、火曜日は一時限目から大学の講義ではありませんでしたか?」
 詰問するでもなく、叱責するでもなく、純粋に心配して訊いているらしいその口調に、俺は一欠片の罪悪感を覚えながら、答えた。
「西岡が心配することじゃない。単位だけは通るように計算して休むさ」
 しかし、実際のところ、その科目の単位が通る保証はどこにもなかった。むしろ、講義についていけなくなったから、出席する気が削がれてしまったようなものである。授業内の中間テストがいつあるのかも把握していない。通る見込みはほとんど無かった。そんな危機的な状況にあって、俺は薄ぼんやりと危機を自覚しながら、やはり晩秋の日差しにとろけていた。

 

 昼間に西岡がわけもなくちょっかいを出してくることは決してなかった。俺は安心して彼女と差し向かいでぼんやりと本を読んでいた。

 尤も、俺が家事任務上のミスをしたときは別である。例えば、洗濯物を干す時、一度、西岡のブラウスをベランダの床に取り落として埃をつけてしまったことがある。しまったと思ったが、台所にいる西岡からはベランダがよく見えないはずだから、多少埃が付いていても云わなければ俺のせいとはバレないだろうと高を括って、そのまま干した。しかし朝食後、二人で協力して部屋を掃除している時、西岡がベランダをちらりと覗いて、ブラウスに埃が付いていることが露見した。
「健一様、ちょっとよろしいですか」
 俺はぎくりと体を強張らせて西岡に呼ばれるまま窓際まで歩み寄る。
「あのブラウスに付いた埃、もしかして一度地面に落とされたのではありませんか」
「いや、俺じゃない。……ごめん。俺だ」
 西岡は薄い目で俺を流し見た。
「すぐに教えてくだされば洗い直しますものを。そのまま干してしまっては染みになってしまいます」
「すまない」
 俺は素直に頭を下げて謝ることにした。

 同じ昼、いつものように二人差し向かいで本を読んでいるとき、不意に股間を妙な感覚が襲った。西岡の足がテーブルの下から延びてきて、黒いストッキングに包まれた爪先が股間を踏んでいるのであった。驚いて本から目を上げて西岡を見たが、彼女はまるで何事も起きていないかのように本に目を落としたまま何の反応もなかった。

 西岡の爪先が俺の股間を踏んでいる。俺はその事態に軽い目眩を覚えた。物理的には、堅牢な貞操具のペニスケースに包まれた愚息にその足の刺激が届くことはない。だが、これがもし貞操具の付いていない状態だとしたら! その感触を幻覚すると愚息はすぐに大きくなり、プラスチックケースの中の空間をいっぱいに満たした。
「ちょ、西岡」
 女はまるで何が起こっているかわからないとでも云うように怪訝そうな顔を上げた。
「どうなさいました?」
 そう云った西岡の表情は、表面上、きょとんとした顔を作りながらも、その裏に隠しきれない冷笑が溢れていた。
「その、股間に足が当たっているんだ」
「そうですね。当てていますから」
「どうして」
「お仕置きです。ブラウスを汚してしまったことへの」
 当たり前のように平然と云い返されると、どう切り返したものか戸惑う。
「いや、えっと。どけてくれないか」
「今どんな気持ちか答えてくださったらどけますわ」
 西岡は今度は隠さずに冷笑した。
「どんな気持ちって……」
「貞操具のせいで大きくできない股間をこうして使用人に足蹴にされるのはどんなお気持ちですか」
 西岡は丁寧に云い直してくれた。それで余計に恥ずかしくなった。
「そりゃ、あまりいい気分ではないな」
「それだけですか」
 西岡の目が俺の目をのぞき込む。この目だ。これで俺は目を逸らせなくなってしまう。
「それだけだ」
「それにしては、先ほどから、『こちらが』」
 「こちらが」を強くはっきり云って、西岡の足が俺の股間を強く踏み込んだ。振動がプラスチックケース越しに伝わってきた。
「びっくりするほど熱を持っていますよ」
 俺は言葉を返せなかった。その先を云われたくなかった。
「もしかして」
「云うな」
「使用人に股間を足蹴にされて、興奮されているのですか」
 俺は耐えきれなくなって、視線を自分の手元に落とした。その時に腰を引いて、椅子ごと後ろへ下がった。西岡の足が股間から離れた。

 西岡が椅子から立ち上がった。
「少しお仕置きが過ぎたようですね、失礼いたします」
 俺は視線をテーブルに落としたまま、立ち上がった西岡の声を追っていた。衣擦れの音がして、西岡が軽く一礼したのだとわかった。足音だけが部屋を去った。俺は恥辱を抱えてテーブルに肘を突いていた。

 

 その時の「お仕置き」はそれで済んだが、悲惨だったのはゴミ出しを忘れた時である。その朝、俺は、何かし忘れたことがあるような気がして、何だったかと首を捻っていたが、自分の思い過ごしだろうと思って深く気に留めないでいた。そのうちに、ゴミ収集車が発車する音が聞こえて、それで初めて、ゴミを出し忘れていたことを思い出した。
「いかん」
 朝食中だった。俺は茶碗をコトリと力無くテーブルに置いて、呟いた。
「どうなさました」
「ゴミを出し忘れた」
「あら」
 「あら」は咎めたり呆れたりする色を帯びず、ただ些事に気が付いたような口調だった。
「燃えるゴミは月曜と木曜ですから、しあさっての木曜日に出せばいいですね」
 燃えるゴミは西岡にとってあまり重大ではないようだった。俺はほっと胸を撫で下ろした。
「それと今日は紙資源の日でもありましたね」
「う」
 紙資源は隔週の月曜日に回収される。すでにうちには二週間分の新聞紙が束ねてあった。紙資源を今日出せなかったとなると、再来週の月曜日まで待たなければならない。合わせて四週間分の新聞紙が溜まることになるのである。
「すまない、うっかりしていた」
「そんな、謝らないでください。また再来週に出せばいいだけの話ですわ」
「そ、そうだな」
 西岡はにっこり笑った。俺はそれで安心して、朝食の続きに戻った。西岡も向かい側で朝食を再開した。

 朝食を終えて食器を片付け始めたところで、西岡が何気なくぽつりと云った。
「ではご褒美は、再来週までお預けですね」
 俺は驚いて顔を上げ、驚愕と抗議を込めて西岡を見詰めようとした。西岡はそれに気付いたか気付かなかったか、くるりと背を向けて流し台へ向いてしまった。仮に気付いていたとしても、俺の抗議の表情など気にも留めなかったに違いない。

 その月曜日までの間にすでに一週間近く、射精をさせてもらえていなかった。そこからさらに二週間後の紙資源回収の日までお預けと聞いて、俺は気が遠くなった。

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Author:右斜め下
人が苦しむ物語が好きなんだけど、苦しんでいれば何でもいいってわけでもない。
自分でも「こういう話が好きです」と一言で言えないから、好きな話を自分で書いてしまおうと思った。
SとかMとかじゃないんだ。でもどっちかっていうとM。

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